top page

Essay  ボルネオ日和 

 
1  虹色の雲

サラワク川を行く渡し舟
 「どうしてお前は、いつも時間外に来るんだ?平日に来て管理人に話をしろ!」
 ある日曜日、サラワク川のほとりの高層マンションでのことだ。いかにも気難しそうなマレー人の警備員は、強引に屋上にあがらせてくれとせがむ僕に、これ以上つきあっていられないといった感じで、吐き捨てるようにいった。このマンションにはこれまでに2度足を運び、その都度同じ警備員と同じようなやりとりをしていたのだ。クチンの強烈な夕焼け
 ただ上からの眺めを写真に収めたいだけだった。マンションの目の前を流れるサラワク川は、中国系の店が軒を連ねる古くからの繁華街を右に、素朴でのんびりとしたマレーのカンポン(村)を左に見ながらゆったりと蛇行する、クチンの象徴ともいえる川だ。大きな橋もなく、今も木造の素朴な渡し舟が行き交い、眺めを趣深いものにしている。そんな川の様子を、熱帯特有の空気までが色づいて見える強烈な夕景のもとで撮影してみたいと思っていたのだ。高い場所に上がれば、蛇行する川をずっと奥まで見渡すこができると思ったし、マンションはその絶好のポジションに位置していた。ただ、僕が訪ねる時間はいつも、仕事帰りの夕方や休日だったため、管理人には会えないでいた。僕の希望は、警備員にとっては無理なお願いだった。

 この街で暮らし始めて以来、数少ない日本人という立場を利用して、地元の人たちにはいろいろな無理なお願いをきいてもらっている。そんなこともあって、マレーシアの人た
ちのどこかゆるい感覚に甘えているところが正直ある。だから3度目のお願いとなった今度こそは、なんとか入場を許可してもらえるだろうと確かな理由もなく思っていた。しかし、さすがに高級マンション、3度目の正直は警備員のいささか乱暴な態度で幕を降ろした。日本なら当然のことだといいきかせながらも、納得しきれないでいた。
 なんとかどこか代わりとなる場所で夕景を撮影できないかと、近くの立体駐車場に上がり、夕暮れを待つことにした。立体駐車場は北に開けていたので、西を向くには手すりから体を乗り出して横を向かなければならず、窮屈な姿勢を強いられた。しかも、その日は天気が良すぎて、どうもあまり空は焼けそうになかった。期待はずれの空と、頭をよぎるさっきの警備員の言葉が、窮屈な姿勢をいっそうきついものにしていた。初めて見た彩雲

 そんなとき、ふと、ひとつの雲が、周りの雲の色と違って見えることに気がついた。わずかに赤や緑の色を帯びているー。目を凝らして見ていると、徐々にその色は鮮やかさを増し、次第に薄れていった。時間にしてわずか5分ほどだったろうか。初めて見るふしぎな雲に、なんだか得をしたような気分になっていた。それまでの些細なことなど、霧散していた。

 後日、僕が見た虹色の雲は『彩雲』という自然現象であることを知った。日光が雲を通過する際に、雲の水滴の背後に光がわずかに回りこむ『回折(かいせつ)』という現象によって起るという。光の波長や水滴の大きさなど、目に見えないほどのわずかな違いで赤や緑などの異なる色が現れるのだが、そもそも色づくこと自体が珍しいと資料にはある。日本では彩雲は古くは吉兆の徴(しるし)だという。
 彩雲は高層雲にできることが多いというから、熱帯では日本に比べると起こる確率は高いのかもしれない。そういえば、ホームステイ先の中国人のおばさんにきいたときも「あ〜、夕方よく見るよ。なんていうか忘れたけど」
と、そっけない答えだった。大きな彩雲1

 彩雲との出会い以来、空をよく見上げるようになった。そのおかげか、もっと大きく鮮やかな彩雲にも何度が出会うことができた。次第に、夕方以外でも彩雲に出会えることや、彩雲が起きる条件もわかってきた。大きな彩雲2
 空に向かって写真を撮っているとよく地元の人々が話しかけてきた。しかし
、写真を撮る僕に関心はあっても、雲自体には特に関心を示す人はほとんどいなかった。それでも、「日本ではまれにしか出会えない彩雲に、ボルネオではしばしば出会える」という自分なりの発見に、僕はボルネオで暮らした証をひとつ獲得したような気分だった。

                      Dari Kuching 第9号(2007.1.1)より


ESSAY TOP 

TOP PAGE

© 2011 Yohei Kambayashi